NPO法人土佐の森・救援隊 公式blog
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モリ券システム(NPO法人土佐の森・救援隊)

 土佐の森方式の根幹になっているのがモリ券システム(森林証券制度)です。

モリ券とは?

a0051539_7121723.jpg NPO法人土佐の森・救援隊が森林証券(モリ券)制度を企画・運用を始めたのは設立時の平成15年9月からです。

 平成15年9月20日に開催された臨時総会(東津野村船戸四万十源流センター/写真右)で導入が決まりました。

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■モリ券システムの概要

 モリ券システムの導入が決まったNPO法人土佐の森・救援隊の臨時総会(平成15年9月20日)での資料が「機関誌メルマガ26号/平成15年9月28日」に掲載されています。

 発行手続き<管理業務>、清算手続き<決算業務>、を当時の活動拠点「四万十源流センター」内の「森の宿」に全面委託している点を除いては、ほぼ現在運用されているルール(千円ルール、地場産品との交換券、協賛金と連動、汗の代償<晩酌代補填>など)と何ら変わりはありません。(現在は、管理業務は「モリ券基金」、決算業務は「こうち自然村」が担っています。)

a0051539_6321866.jpg なお、モリ券をベースに運営されていた「森の宿」は、発足時より毎月行われていた定例会(1泊2日)の後方支援業務(土佐の森方式交流会、宿泊、食事等々)を一手に引き受けていました。中川真理子副理事長が担当していました。
【写真】交流会/2005.11(下列右から2番目が中川真理子氏。橋詰名誉会長、中嶋NPO法人土佐の森・救援隊理事長、中川こうち森林救援隊事務局長、松本森援隊長も見られる。その他、山崎棟梁、尾崎007、漫画家トモタケチ、初代宇都宮女史の面々が参加している。)

定例会(&交流会)とモリ券(中川真理子氏)
モリ券いろいろ

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[ひとくちメモ]

■定例会と交流会(NPO法人土佐の森・救援隊)

 NPO法人土佐の森・救援隊は平成15年の設立以来、定例会と交流会をセットにして、活動を続けてきました。その活動方式は、いわゆる「土佐の森方式」で、運営は「モリ券システム(森林証券制度)」により行われてきました。

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◆定例会
a0051539_532294.jpg
 平成15年に発足したNPO法人土佐の森・救援隊は、記念すべき第1回定例会を平成15年5月17日・18日に四万十川源流の東津野村(現津野町)船戸で開催しています。

 その日から丸10年余、活動拠点は、いの町本川、佐川町、日高村と変遷していますが、月1回の定例会(原則第3週の土日、一泊2日で交流会付き)は雨の日も、風の日も、大雪の日も・・・休むことなく継続して行われてきました。

 定例会は土曜日の午前9時集合、昼まで座学(講習会・研修会など)、昼食後は現場での実地研修・訓練。夕方、宿舎(東津野時代は四万十源流センター、本川時代は長沢基幹集落センター、佐川時代は宿舎なし)に戻り、汗を流した後5時過ぎから交流会(取り決めで「10時まで」)。翌日は朝から実践活動、昼に宿舎に戻りミーティングを兼ねた昼食会(ほとんどの場合メニューは「カレー」)、解散・・・という流れでした。土曜日の昼食から日曜日の昼食までの食事(交流会も)及び宿泊の世話を後方支援部(東津野時代は、県立森林センター時代からセンターの管理をしている地元の梅ちゃんとミッちゃんおばちゃんにお世話になりました。)がしてくれていました。

 平成25年3月定例会は、実に第121回目の定例会になりました。しかし諸般の事情によりNPO法人土佐の森・救援隊が主催する定例会は、この第121回をもって終了ということになりました。(「機関誌:メルマガ500号!」より)

 10年にわたる月一の定例会で多くの人材が育ち、また会員の実践的なスキルアップがなされました。この土佐の森方式定例会のスタイルは、現在「こうち森林救援隊」が引き継いでおり、新旧取り混ぜての沢山の仲間達が参加しています。

・NPO設立当時の「定例会」
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【写真】県立四万十源流センター(玄関前にて/2003.9.21 )

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■大雪の定例会

 平成15年(設立時)の12月定例会は東津野村船戸の四万十源流センターで開催されていますが、大雪が降る中での大変な定例会でした。

 その時の様子を機関誌メルマガ(39号~42号)に、中川真理子後方支援部長が掲載しています。

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[メルマガ情報]

■四万十源流冬景色
 雪中ボランティア活動!(平成15年12月定例会)

 天候に振りまわされた今年の「NPO土佐の森・救援隊」の森林ボランティア活動を象徴するかのような「白銀の舞の間伐」は、心に残るものとなりました・・!

◆12月19日(金) <定例会前日>

 高知市内に初めての積雪は嬉しさよりも、果たして明日のボランティア活動が出来るかどうか、不安がつのり、何とも複雑な気持ちでした。

 後方支援部の買い出し準備も、100%実行しようか、少し控えようか、と迷うスタートとなりました。が、ここは「雨にも負けず、雪にも負けずの我等が救援隊」、少々の天候不良くらいでは、中止になることはあるまい・・と勝手に決めて、まずは「矢でも鉄砲でも持って来い!」の勢いで、26名分の買い出しに出発です!

 何より大変だったのは、畑での一日早い野菜の収穫・・明朝、出発前では畑が凍っている可能性が強いので今日のうちに収穫しておこうと、午後4時から「白菜」「水菜」「ブロッコリー」「さんとう白菜の抜き菜」・・「ジャガ芋」「人参」を「無農薬自家栽培農園・極楽園」で収穫する頃には、日も暮れて、闇のなかでの手探り状態での収穫作業でした。

 いつもは強~い味方のダーリン殿(中川睦雄氏)が頑張るのですが、その時は、お仕事中ですから、応援もなく、単独行動もいた仕方がありません。一人凍えながらの収穫には、正直言って泣きそうでした!

 「♪寒さこらえて(野菜)獲ってま~す・・・」石川さゆりの津軽海峡(四万十源流)冬景色・・などを口すさびながら、夜遅くまで準備に追われ、三浦隊員リクエストの「クリスマス・ケーキ」を引き取って来た頃には凍てつく星空・・ま、なんとかなるさ・・!
「♪明日がある・明日がある・・明日があ~る~うさ!」

◆12月20日(土) <定例会初日>

 朝イチに船戸の梅ちゃんから報告のTEL・・「夕べ(雪が)降ったでぇ~、道に積もっちゅうけんど、なんとか行けるろう。」・・・ちらつく雪の中、不安と26人分の食料を乗せて7時すぎに高知を出発。

 須崎まで順調なドライブも葉山から雪模様、布施坂の入口付近で横殴りの雪に変わり、頭の中は真っ白、顔面は、青くなる・・ダーリンは慎重にハンドルを握ってはいるが、山道の国道は、とうとう雪で埋もれてしまった。

 果たして皆んなは行き着いてるのだろうか、私達は「源流センター」まで行き着けるのかしら・・?船戸に入り、梅ちゃんとミッちゃんおばちゃんのコンビを拾う。二人は山道を車で行くのは自信がないとの事で歩いて「源流センター」に向かっていた!山積みの荷
物の中に同乗。

 この時、丁度山崎正彦氏が通り掛かり、笑顔を振りまきながら、ひと足先に、源流センターへ!(あ~良かった、この天気でも来る「好き者」がおると何故か一安心!)ところが、わずか数百メートル先で彼の車は止まっていた。やはりこの雪道で進めなくなったら
しい。ひとまず彼を残しセンターを目指す。

 満杯の荷物と梅ちゃん達を下ろさなくては、救出するにも、便乗するにも、どうにもならい。途中センターへもう一息のところで、今度は三本氏が立ち往生の現場に遭遇。やはり彼もここまでらしく、迎えに来ると言い残し一路センターへ。やっとの思いで到着したのが、9時過ぎ。

 すでに湯浅氏と尾崎氏それに宇都宮女史はログハウス作りに着手、源流センターの入り口では尾崎宏隆氏が待ち兼ねていた。どうもセンターの鍵がないらしく、凍えながらの待機中だったらしい。大急ぎで荷物を降ろすと、梅ちゃんと家まで鍵を取りに帰るついでに山崎氏と三本氏の回収と車の処理に、ダーリンは大奮闘!

 そこへ、山中氏が「この雪、たまるか!」と笑顔で参上、この雪の中を、ぞくぞくとメンバー達は集まってくる。さあ何人が来る事が出来るのだろうか・・・。

 しばしセンターの鍵が届くまで、白銀の世界を浮遊することにした・・・ピラカンサスの赤い実が白く降る雪に映える、これ以上のシャッター・チャンスはない!白く積もったバージン・スノーと冬山のコントラストも凄い、まるで絵の中の風景に、自然の美しさと荘厳さを感じ奮えた!

 下の倉庫では、早くもチェーンソーの快音・・宇都宮さんは間伐材で「焚き火」に夢中。「間伐材」は炎となって利用される、これもまた「生命(いのち)」を吹き込まれた廃材の活用法である。「今度はサツマ芋持参で来ようね!」と、彼女と堅く約束をした事だった。(やはり女は最後には「食い気」に走ってしまう・・?)

 源流センターに戻ると三浦氏からのTEL・・葉山村で車のトラブル、立ち往生との事。布施坂の道の駅では会長や山地氏等6名も、雪道に足を取られ待機中。ダーリンと尾崎宏隆氏は2台の車で、それぞれのメンバーをピストン輸送にて出迎えることとなる。

 松本事務局長もようやく軽四トラックに「10時までよ!」を満載しての登場。全員が「四万十源流センター」に着く頃には、集合時間をかなりオーバーしたが、この大雪の中総勢18名が顔を揃える事となった!(雪が理由での欠席は1名だけ。すごいですねぇ~、本当に凄いです、こんな悪天候の中を!皆さん「間伐・命!」なんですね・・?)

 こうして「土佐の森・救援隊」の第11回定例会&「源流森林救援隊」の第15回愛林作業はスタートしたのでした・・!

◆12月21日(日) <定例会2日目>

 昨日予定されていた「ファーマー土居氏」のTV撮影が雪のため本日に変更。RKCのテレビ取材陣が早々に到着。技術等認定委員会の川田委員長が「3ツ星誕生」を発表する時にカメラが回りだす。

 そのまま雪山へ移動し「伐倒技術コンテスト」のTV撮りとなる。

 早速、新3ツ星班長のもと、7班に分かれての「腕試し」・・。

注:この「コンテスト」の模様は、メルマガ「土佐の森・救援隊」第39号(平成15年12月28日配信)の〔BBS・掲示板〕に詳細が載っていますので、省略します。  

 コンテストの結果は、3班(竹内)と7班(野村)がピタリ賞で「ジャンケン勝負」となり、女神が微笑んだのは3班でした!

 しかしこの日の話題をさらったのは「測定不能」の尾崎・田之畑コンビでしょう。昼食の「肉なし無農薬有機野菜カレー」をほうばる前の尾崎三ツ星班長の反省の弁(演説)には力が入っておりました。

 昼過ぎ、まだ雪の残る山道をそれぞれが、三々五々家路に着き、来年の再会を誓い、土佐の森・救援隊、森林ボランティア活動の一年を締めくくりました。本当に、この1年間、ご苦労様でした!(中川真理子)

(なお、当時の[メルマガ情報]は、メルマガ専門業者メルマから発信していた「本当のメルマガ」のため、文字ばかりの情報で写真のデータは一切ありません。「画像入りのメルマガ(ブログ)」にしたいと思いますので、当時の写真を持っている方は、事務局までお寄せください。)


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◆交流会
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【写真】土佐の森方式交流会

 平成15年に発足したNPO法人土佐の森・救援隊は、実に第121回の定例会を開催しましたが、それと同時に121回の「土佐の森方式交流会」も開催したことになります。

 「土佐の森方式交流会」とは、参加する会員が自前のモリ券を出し合い、それに主催団体がなにがしかのモリ券を助成して、そのモリ券で交流会に必要なお酒(地酒)なり食材(地場産品)などを調達、それをもって「お客(懇親会)」を行う方式のことです。

 発足当時(東津野時代)は、中川真理子元副理事長が切り盛りしていた「森の宿」が運営、いの町本川時代以降は大野晃氏が村長の「こうち自然村」が引き継ぎました。(現在は定例会を行っていませんので、「土佐の森方式交流会」は単発的に時々開催しています。定例会に伴う交流会は「こうち森林救援隊」が、今でも継続して行っています。)

 発足当時の交流会で中川真理子氏の奮闘振りを記した資料があります。 

 ・マリちゃん日記

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[資料]

◆森の宿奮闘記(中川真理子)

 早いもので、昨年(平成14年)の出会いより、10ヶ月が経ちました。おそらく、この時期が私の人生の転機だったと思われます。源流森林救援隊を知ったのは偶然にせよ、私には良い出会いとなりました。今回、NPO土佐の森・救援隊の役員に、会の流れでおさまってしまいましたが、これからの活動に「できる事を、できる時に、させていただけるなら・・・」これ以上の幸せはありません。
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【写真】源流森林救援隊(後列左端が中川真理子氏/平成14年12月)

 8月交流会の予算のことですが、牛肉の件は、肉屋さんに先ほど電話して正確な金額をお願いしてありますが、1万円をオーバーすることはないでしょう。野菜は自家調達しますので、あと養殖場で工面する鮎の代金、炭代、山でのペットボトル代など見合いのモリ券が必要かと思います。おばちゃんのアルバイト代(現金)は何とか出せる予定です。後方支援部長として『まかない』は、おおよその予想がつけられるようになりました。9月の交流会も参加人数が多いほど、予算のやりくり、とくにアルバイト代も捻出できるやもしれません。

(中川真理子氏は平成14年11月にNPO法人土佐の森・救援隊の前身団体「源流森林救援隊」<平成14年10月設立>に加入しました。同15年4月、土佐の森・救援隊の立ち上げに参加、設立総会で副理事長に選任されました。理事長は橋詰寿男氏、事務局長は松本誓氏。「森の宿奮闘記」は中川氏より事務局長に宛てた森の宿運営報告書<平成15年8月>です。)

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[近況] 中川真理子氏&爺ーリン  ん?
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【写真】今も、こうち森林救援隊の定例会(交流会/シシカバブーパーティ)で後方支援活動をしています。(こうち森林救援隊7月定例会活動のご案内<第925号>より)

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[解説]

■協賛金とモリ券システム

 発足当初のNPO法人土佐の森・救援隊の活動は、活動理念を具現化する「定例会(座学と実践活動)」と「交流会(土佐のお客=懇親会)」がすべてという状態でした。

 中川真理子氏のコメントにあるように、このNPO活動を行うのに必要な経費は「モリ券システム」で対応していました。モリ券システムで行うNPO活動などが、いわゆる「土佐の森方式」です。

 モリ券の原資は「協賛金=土佐の森・救援隊への出資金」ですが、当時は外部からの協賛金出資が皆無のため、会員が収める(投資する)「1口=1万円」の協賛金で経費の全てを賄っていたということです。

 活動(定例会、交流会)に参加した会員に発行される(参加証としての)モリ券は「その会員(出資者=投資家)が出資した協賛金をモリ券という形で還元してもらえる」という図式で、とどのつまりは「モリ券システム」とは、『投資家自らが森林・環境問題など社会的課題を解決するNPO活動に参加すれば、NPOへの出資金(協賛金)の対価/配当(地場産品の現物支給)が受けられるシステム』ということになります。(NPOは現金で配当を行うことは出来ません。)

 換言すれば、「モリ券」への投資は、英国の『社会的インパクト投資(SIB)』の原型ともいえるシステムです。

 ・「社会的インパクト投資」を育てよう <日本経済新聞(2014.10.6)>


 モリ券はこのようにNPOへの出資証券としての意味合いをもちます。また、地場産品の交換に関しては清算業務に使われますので、「決済」と「投資」のツールとしての意味合いがあり、いわば決済及び投資の対象に使われている「ビットコイン」の原型ともいえるシステムです。
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by tosanomori | 2015-07-09 19:38